アジャイル開発やスクラムのトレーニングでよく聞かれる質問とその答え (1)
みなさんこんにちは。@ryuzeeです。
弊社ではアジャイル開発、スクラムのトレーニングを提供しているのですが、トレーニング中には多くの質問をいただきます。 今日はよくある質問とその答えについていくつかご紹介したいと思います。 好評そうだったら続編も書く予定です。
■アジャイル開発において、ドキュメント作成の一般的な指針を教えてください
どのようなドキュメントがいつ、どの粒度で必要なのかはプロダクトやプロジェクトに依存します。 プロダクトやプロジェクトにはそれぞれ固有の品質基準があり、それはアジャイルやウォーターフォールといった方法論の違いによって変わるものでもありません。 したがってプロジェクト冒頭でプロダクトオーナーやステークホルダー(品質管理部門や顧客など)と「なんのために」「どのようなドキュメントが」「どのような記述レベルで」「いつまでに必要なのか」を決定してください。 誰も使う予定のないドキュメントはムダなので作成は不要です。
また、チーム内の議論のためのドキュメントであればWikiなどを活用して、ドキュメント作成やメンテナンスの負荷を下げる必要があります。 メンテナンスされていないドキュメントは事故を起こす可能性があるため、機能の実装や更新とあわせて変更しないといけませんが、このときドキュメントが多すぎると必ず不整合を起こすため、数を減らす・一箇所に集める・自動生成するといったことを検討してください。
■アジャイル開発を適用するにあたって、顧客や上司、社内の関係部門がウォーターフォール型の報告を求めるのですがどうすればよいですか
アジャイル開発をきちんと理解できていないと、結果的に従来と同じようにスコープ、期日、費用を全て固定して達成しようとしがちですし、その観点で全体を見ようとしてしまいます。 また、関係者のプロジェクトへの継続的な関与が不十分になることもあります。 したがって関係者がアジャイル開発の概念を理解していない場合は、考え方を説明するセッションやトレーニングを事前に実施します。 後から散発的に説明するとどうしても時間が余計にかかるので、先に理解してもらってから始めるということになります。 それでも報告が従来の形に近いものが求められることはありますが、それぞれの数値からどんなことが知りたいのか把握できれば、アジャイル開発の工程の中でも他のメトリクスを使って説明することもできるはずです。 プロジェクトの立ち上げフェーズで報告の仕方についても議論し決定しておくとよいでしょう。
なお、精緻なデータを集めたりレポートを作る作業を開発チームにさせてしまうと、価値のあるプロダクトを作るのに使える時間が減ります。 スクラムマスターやプロダクトオーナーが良きに計らって報告する形がベストだと思います。 もちろん開発チームは常に透明性のある状態でなければいけないことに変わりはありません。
■プロダクトバックログの上位の項目は見積りができるくらい詳細化されている必要がありますが、この詳細化の作業をスプリント外で他のチームがやってもよいですか
要求を詳細化する(少なくとも開発できるぐらいに具体的にする)作業をバックログリファインメントと呼びます。 このイベントは次のスプリントを始める上で重要な活動なので、前のスプリントの中で開発チームやプロダクトオーナーが自分たちの時間を使って実施します。 つまりスプリントで開発に使える時間はその分減るということです。 一般的にはスプリントの時間の10%程度はこのバックログリファインメントに使います。
要求が具体的になっていない状態でスプリントに投入して開発をはじめてしまうと大きな手戻りが発生したり、プロダクトオーナーとのかなり頻繁なコミュニケーションが必要となってしまい成果の予測ができなくなります。 開発チームとして作れるかどうかの判断をしないといけないので、別チームが要求を詳細化するのではなく、実際に開発を行う人たちを中心として詳細化を行います。 もちろん規模が大きい場合には、アナリストなどの職種の人が詳細化に参加することはありますが、アナリスト単独で詳細化することはないと考えてください。
■アジャイル開発の経験者を採用したいのですが、面接でどんな質問をすればよいですか
これを聞けば絶対という唯一解はないのですが、一例としていくつか紹介します。
- プロセス全体をホワイトボードに書いて説明してもらう
- 過去にどのようなふりかえりの方法をとったことがあるか、それぞれの手法のメリットはどのようなものかを聞いてみる
- どのような計画の立て方をしていたのか説明してもらう
- プロダクトバックログにどのようなことを書いていたのか説明してもらう
- 実際にアジャイル開発をしてうまくいったこと・いかなかったことを説明してもらう
- アジャイル開発におけるエンジニアリングのポイントを説明してもらう
■各スプリントで回帰テストをしていると大変なのですが、どうすればよいですか。スプリントを経るごとにテストの負荷が増えていくのですが
完成の定義という品質基準をスプリント開始前に定めて、スプリントではその品質を満たすようにしないといけません。 そもそもその基準を満たしていないものは、リリース判断の対象にすらならず、プロダクトバックログアイテムも完成とはなりません。 したがってテストは自動化し、コードの変更を行うたびに全てのテストを毎回自動で実行しリグレッションがないことを検証するといった活動が必要です。 スクラムでは自動化自体は定義されていませんが、毎スプリントでリリース判断可能なものをつくるためには事実上はテスト自動化が必須です。
なお、実際のリリースに際して必要なすべての品質をスプリント中に満たせるのであれば、スプリント中でもいつでもリリース可能となります。 一方でプロダクトの性質によっては数か月単位でのリリースに決まっていたり、リリースするには外部のセキュリティベンダーによるペネトレーション試験が必要だったりすることもあります。 こういったケースでは、リリース前に「リリーススプリント」と呼ばれるテスト期間をとることもあります。 ただし、スプリントで担保している内容と、実際のリリースで担保しなければいけない内容に差が多ければ多いほど、急な変化に対応したりはできなくなりますし、大きな品質問題が最後に見つかる可能性もあります。
■SCRUMとXPを組み合わせる場合、リファクタリングはプロダクトバックログやスプリントのタスクに入れた方がよいですか。それとも各自が定常的に実施すればよいですか
アジャイル開発の場合、インクリメントの考え方のとおり、動作している(役にたっている)プロダクトに機能を追加していく形になります。 したがって、一度書いてテストしたコードは「壊さないために触らない」ということはなく、スプリントを重ねるごとに変更が入ることがあります。 つまり常時変更が入る前提でコードをクリーンな状態に保つことが必要です。
リファクタリングの習慣が開発チームにまだないような状態であれば、明示的にプロダクトバックログを用意したり、スプリントのタスクとしてこなすようにします。 ただし、時間をかけて、リファクタリングを続けるのが開発チームの習慣になるようにしていきます。 なお、前述のとおり、完成の定義(品質の基準)を満たしていないコードは例え動作したとしても、出荷可能ではありません。 つまり完成の定義の中で「コードレビュー」や「コードの複雑度」や「コーディング規約遵守」などを決めていた場合は、スプリントの中でそれらを満たさないといけません。 後になってから問題のある箇所をまとめて直すような形にしてしまうと、それが終わらない場合出荷ができなくなるので、定常的にやる方がリスクが少なくなります。
■1つのプロダクトバックログアイテムが大きくて1スプリントでは作れません。複数スプリントにまたいで開発してよいですか
1つの機能が大きい場合、その機能には多くのサブ機能が含まれていることが多々あります。 例えば、「ホテルの予約をキャンセルできる」というプロダクトバックログアイテムは、
- プレミアムメンバーであれば24時間前までキャンセルできる
- 一般メンバーであればN日前までキャンセルできる
- キャンセルした場合はメールで通知する
という3つに分けられるかもしれません。 このような形で、1スプリントに入るサイズにプロダクトバックログアイテムを分割してください。 なお、コンポーネント単位では分割してはいけません。 あくまで意味ある機能単位で分割してください。 また、そもそも1スプリントで1つのプロダクトバックログアイテムだけを作るというのも、サイズが大きすぎます。こうしてしまうと成果(ベロシティ)が0のスプリントが頻繁に発生する可能性もあります。 スプリント期間の半分程度で終わるサイズになっていると、スプリントでの成果の量が安定しやすくなります。
別の観点として、その機能の設計や調査も含めて時間がかかる、といった場合は、その機能はまだスプリントで着手する準備ができていない状態の可能性もあります。 スプリントに入る前に事前に「機能として何ができていれば完了なのか」「それはどうやってテストできるのか」等が合意できているものだけを着手してください。 準備ができていないもののうち実装の優先順位の高いものは、次のスプリントに入る前に「バックログリファインメント」のイベントなどで準備完了状態にする活動をします。
それでは。
SCRUM BOOT CAMP THE BOOK【増補改訂版】 スクラムチームではじめるアジャイル開発
- 著者/訳者:西村 直人、 永瀬 美穂、 吉羽 龍太郎
- 出版社:翔泳社
- 発売日:2020-05-20
- 単行本(ソフトカバー):288ページ
- ISBN-13:9784798163680
- ASIN:4798163686