なぜ「スクラム開発」という用語に違和感があるのか?
みなさんこんにちは。@ryuzeeです。
今日はポエムです。役に立つ話でもないので適当にスルーしてください。
巷で「スクラム開発」という単語をたまに見かけるのですが、ずっと違和感を持っていました。 自分自身は使わない単語なのですが、どこに違和感があるのかを改めて考えてみたいと思います。
まずは国語的な観点から見てみよう
「スクラム開発」という単語を国語の観点で見ると、「スクラム」と「開発」の複合名詞だと言えます。
日本語の複合名詞の解釈のルールは以下のようにまとめられます(諸説あるようです)。
一般に、複合語の意味関係には、主に①修飾関係(Modification)②叙述関係(Predication) ③並置関係(Apposition)の 3つのタイプがあると考えられている(cf.Spencer1991, Lieber 2009, Scalise & Bisetto 2009)。これらは、日本語の複合名詞の例でいえば、それぞれ以下のような関係性である
(1)
a. Modification 青空=青い空、春風=春に吹く風
b. Predication 狐狩り=狐を狩ること、日暮れ=日が暮れること
c. Apposition 親子=親と子、 飲み食い=飲んだり食べたりすること(出典:由本陽子 著、2016、日本語複合名詞の意味解釈メカニズム、https://ir.library.osaka-u.ac.jp/repo/ouka/all/57354/gbkp_2015_s_079.pdf)
まとめると以下のようになります。
- ①修飾関係「AのB」「AなB」(Aを形容詞的に利用する)
- ②叙述関係「AがBする」「AをBする」
- ③並置関係「A&B」
「スクラム開発」を上記に当てはめると、②叙述関係は、「スクラムが開発する」となり意味不明。「スクラムを開発する」の場合はスクラムの父であるジェフ・サザーランドとケン・シュエイバー(およびスクラムガイド関係者)しか当てはまりません。 ③並置関係だと、「スクラムと開発」になり、これも意味不明です。 ということで、①修飾関係が可能性としては残りそうです。
クオリア構造とは、(3)に 示す 4つのクオリアによって単語が表す概念にまつわる百科事典的知識も含めた意味を形式的に表したもので、名詞については以下のように規定されている。(cf.小野 2005:24)
(3)
a. 形式クオリア(FormalQualia) 外的分類:物体を他の物体から識別する関係
b. 構成クオリア(ConstitutiveQualia)内的構成:物体とそれを構成する部分の関係
c. 目的クオリア(TelicQualia) 目的・機能:物体の目的や機能
d. 主体クオリア(AgentiveQualia)成り立ち:物体の起源や発生に関する要因(出典:由本陽子 著、2016、日本語複合名詞の意味解釈メカニズム、https://ir.library.osaka-u.ac.jp/repo/ouka/all/57354/gbkp_2015_s_079.pdf)
次に修飾関係を見ると、4パターンに分類できます。
- a. 形式クオリアは、対象が属するカテゴリーや形状を示します。
- b. 構成クオリアは、対象がどんな材質や要素から成り立っているかを示します。
- c. 目的クオリアは、対象が何のために存在するかを示します。
- d. 主体クオリアは、対象の起源や発生要因を示します。
これを「スクラム開発」に当てはめてみましょう。
- a. スクラム(の形をした)開発
- b. スクラム(によってできている)開発
- c. スクラム(のための)開発
- d. スクラム(から生まれた)開発
以上を踏まえると、a. 形式クオリアであれば当てはまりそうに見えます。つまり日本語としてはあり得えそうです。
なお、デジタル大辞泉で末尾が「開発」となる単語を調べて分類したものは以下になります(スクラム開発は見当たりませんでしたが、人材開発とか能力開発といった単語もないので、辞書に載っていないことが判断の根拠にはなりません)。
- 修飾関係
- 再開発、持続可能な開発、未開発、総合開発、乱開発、分散開発、アジャイル開発、アジャイルソフトウェア開発、ウォーターフォール開発、オフショア開発、クロス開発、スクラッチ開発、スパイラル開発、ノーコード開発、モデルベース開発、ローコード開発
- 叙述関係
- 宇宙開発、核開発、既存薬再開発、社会開発、新田開発、地域開発、電源開発、人間開発
- 並置関係
- なし
「アジャイル開発」との比較
「アジャイル開発」には違和感がないのに、「スクラム開発」に違和感がある理由は何なのかを分析してみましょう。
「アジャイル開発」は「アジャイル」と「開発」に分けられます。 アジャイルの品詞は、辞書(デジタル大辞泉)によると「名詞」および「形容動詞」です(形容詞と形容動詞の違いは言い切りの形にあり、形容詞の言い切りが「~い」、形容動詞が「~だ」になります。どちらも後続の単語を修飾するという意味では同じです)。
アジャイルは、agileのカタカナ語であり、英語では形容詞です。 agile developmentという言葉の由来が、2001年のアジャイルソフトウェア開発宣言以降に海外から日本に持ち込まれたことを考えると、日本語での「アジャイル」は形容動詞であると考えるのが妥当です。 つまり、アジャイル開発は「形容動詞」+「名詞」の組み合わせです。
アジャイル開発を日本語にすると、(俊敏な|機敏な|アジャイルな)開発となり、形容詞および形容動詞の特性上、度合いで評価できるようになります。 たとえば、「あなたの組織は、どれくらいアジャイルか?」という表現が成り立ちます。
次に「スクラム開発」です。 この言葉は2つの可能性があります。
スクラムには「(比喩的に)全員が一丸となること。一致団結すること」という意味もあります(デジタル大辞泉)。 もし「スクラム開発」=「みんなで一丸となって開発すること」を意図しているのであれば、これは特に違和感はありません。
しかし、アジャイル開発のなかでよく使われるのがスクラムだということを考えると、より明確さを出すために、「アジャイル」という単語を「スクラム」に置き換えたものだと考える方が自然です。 つまり「スクラムを使った開発」を「スクラム開発」と呼んでいるのです。
スクラムガイド2020年版では、「スクラムの一部だけを導入することも可能だが、それはスクラムとは言えない。すべてを備えたものがスクラムであり、その他の技法・方法論・プラクティスの入れ物として機能するものである。」と言っています。 これを踏まえると、スクラムは度合いで評価できるものではないと考えるのが妥当そうです。 所詮フレームワークなので、「あなたの組織は、どれくらいスクラムか?」という質問は意味をなしません。
形容詞+名詞(英語の場合、日本語だと形容動詞+名詞)の組み合わせになっていて、度合いを評価できる「アジャイル開発」から、名詞+名詞の組み合わせで度合いでの評価ができなさそうな「スクラム開発」に無自覚に置き換えている点が違和感の元でしょう。
結論
とはいえ、言葉は変わり続けるものなので、まぁ好きにしてください。
それでは。
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