新規事業とアジャイル
みなさんこんにちは。@ryuzeeです。 新刊『プロダクトマネジメント - ビルドトラップを避け顧客に価値を届ける』が10月26日に発売になりますので、よろしくお願いします。
先日、プライベートで新規事業とアジャイルに関する短いセッションをしましたので、そのときの資料を共有します (本当は1時間かかるものをかなり縮めたダイジェスト版です)。
以下、資料だけ見てもわからない方向けの解説です。
TL;DR(結論)
- 何が分からないのかすら分からないこともある。過度に詳細な計画にしない
- 適切な問題を扱っているか、顧客はいるかが重要
- 顧客が関心を持つのは、自分の課題の解決であり、ソリューションそのものではない
- 仮説と検証の繰り返し
- 急いでたくさん作らない。機能の多さは成功につながらない
- 投資モデルを変える(100打数10安打1ホームランなら上等)
- アジャイルとはフィードバックサイクルの集合体
- 最初から人が多すぎると無駄な仕事を生むのでスモールチームで進める
問題を分類する
みなさまは日々さまざまな問題を取り扱っていると思います。 既存業務に関わる生産性の問題であることもあれば、新規事業の立ち上げの問題を抱えているかもしれません。
これらの問題は全部同じアプローチで取り組めばよいわけではありません。 デイブ・スノーデン博士によると問題は5つの領域に分類でき、それぞれの領域によって問題への対処の仕方は異なってきます。
- 明白な領域:正解が存在して、変化が少ない領域。つまり最初から計画が立てられます。この領域の問題は解決できることが解っているので、いかに解決率を上げるか、速く安く解決するかが重要になってきます。つまり効率の追求になります。なので開発のやり方としては事前に計画を立てて、外部のベンダーやオフショアを使ったり、パッケージやSaaSを導入したりして解決します
- 込み入った領域:知識のない人からするとよくわからないのですが、専門家が見れば複数の解決策が見つかるような問題です。ERPや企業会計のようなものはそれにあたります。最初に分析フェーズは必要ですが、それが終われば過去のパターンにはめることになり、そこから先は明白になります
- 複雑な領域:問題を把握するために試行錯誤が必要な領域です。つまり事前に計画は立ちません
- カオスな領域:革新的なことが求められる領域で、未踏分野なのでとにかく走るしかない領域です。つまり事前に計画は立ちません。新型コロナ対策なんかはまさにこれです
後者の2つが主に新規事業やプロダクト開発の領域です。 答えがわからないので探索型で学習を繰り返す必要があります。
複雑な領域やカオスな領域で、従来のウォーターフォールを使うとどうなるか?
100%失敗します!とは言いませんが、以下のような問題が起こります。
- 事前に推測を元に計画を立てるので、有効性がわからないものがたくさん含まれる可能性がある
- 計画を立てた時点で「できた気になっている」ので変化へのインセンティブはない。外部に発注してしまうと、外部のベンダーには「もっとこうした方がいい」という提案をする意味がない。それより言われたとおりに終わらせることの方が彼らのビジネスにとって重要だからです
- 内容についてフィードバックをかけられるタイミングが遅い。当然ながら全部作らないと評価も検証も十分にできないのですが、それができるのは最後のタイミングとなり、その時点でもっとよい手が浮かんでも、もう修正する時間もお金も(ベンダー側にはやる気も)残っていない
- 長い時間かけて作るので、そもそも素早い競合他社が先にマーケットを押さえてしまう
- これらの結果として、競争優位性は得られない
新規事業は基本的に「時は金なり」です。時間がとてもとても貴重です。
そもそも新規事業は失敗する
認めたくない事実ですが、新規事業は失敗します。 多くの会社で事前に時間をかけて計画を練ったり市場調査をしたりして失敗の可能性を下げようとしますが、それで失敗は減っているか?というとそんなことはありません。 AmazonもGoogleも新しいサービスを作ってはクローズしています。 一定の割合は失敗するものだと割り切ってください(もちろん失敗が分かってて始めるわけではありませんし、失敗する前提で全力を尽くさないわけでもありません)。
ある調査によると、スタートアップは90%が失敗するそうで、その最大の理由は「顧客が欲していないもの」を作ってしまうことです。
自分たちのアイデアに惚れ込んで一生懸命やるのは悪いことではありませんが、結果的に独りよがりなプロダクトを長期間、とてつもないお金をかけて作って失敗するのはムダです。 最初のうちはみんな結果を気にしていたもののだんだん誰も言及しなくなる、というのもよくある話です。 そのようなプロダクトを廃止できればまだマシですが、企業の論理として「お客様がいるうちは止められない」という思考を持つ会社もあります。 こうなってしまうと貴重な人的資源が価値をうまない箇所に分散されてしまい、成長分野に人を集中させることができなくなってしまいます(のでダメなものは捨てましょう)。
新規事業への投資モデルを変える
前述のように、そもそも新規事業は失敗するので、ビッグバン1発勝負ではどうにもなりません。 間違っても検討に年単位の時間をかけ、開発にも複数年の時間をかけて一発勝負をするという、運任せのギャンブルはやめましょう。
投資の仕方としてはスタートアップのようなモデルが良いでしょう。 つまり、最初から長時間かけて多額の投資を決定するのではなく、間口を広げます。 ただし投資金額は少なくし、例えば従業員の工数のみを使うこと(外部に委託しないこと)といった制限をかけて、数か月程度アイデアの練り込みを進めます。 その後、そこまでに分かった事実や可能性などを踏まえて投資判断を繰り返して、ステージを進めていきます。 もちろん途中で脱落することもあります。
新規事業の打率が低い以上、打席数は多くする必要があります。 一方で成功が見込めないのに固執してお金を使い続ける意味もないので、ゲートを用意してふるい落としていきます。
プロダクト開発の流れ
ここまで見てきたように「解決したい問題を見つける」、「その問題とソリューションの仮説を評価」するというのは新規事業において極めて重要です。
多くの人は実際に「プロダクトを作る(コードを書く)」ことにフォーカスしがちですが、これは良くないです。 顧客の問題を解決しないゴージャスなプロダクトを作ることに意味がないからです。 また、そもそもプロダクトの機能は全てが使われることもありません。 一般的には全体の30%程度の機能しか使われず、また機能が増えると顧客満足度が下がるという研究もあります。 「使われる」こと自体が品質なので、シンプルに保つことが重要です。 重要なのは機能の数ではありません。そのプロダクトが生み出すビジネス価値やインパクトがいちばん重要です。
これらを実現するにはフィードバックループが不可欠
このように新規事業を作っていく上では、早期からの継続的なフィードバックが不可欠です。 それこそがアジャイルの目指すところです。
アジャイルは「作るものを全て決めて、時間を区切って作る」ものでは決してありません。 「単位時間あたりの生産性を上げるためのもの」でもありません。 「不確実性に対処するために、早期から頻繁に評価可能なものを作って軌道修正していくための仕掛け」です。 フィードバックが命です。 フィードバックのない『アジャイル開発』はウォーターフォールの劣化版と変わりないと言っていいでしょう。
早期から頻繁にフィードバックを得るにはクロスファンクショナルなスモールチームが必要
早期から頻繁にフィードバックを得るにはクロスファンクショナルなスモールチームが必要です。 評価可能なものを作るスキルを持った人でチームを構成し、外部に依存することなく短い期間で作っていきます。 外部に依存すればするほど手待ちのムダが生まれます。 リードタイムも安定しなくなります。 似た話として兼任も避けるべきです。 兼任をするとサイクルタイムは変わらなくてもリードタイムは伸びます。 時間は何よりも重要なので薄めて使うべきではありません。 また計算上の50%稼働でも、実際の成果は30-40%程度にしかなりません(そのような研究結果があります)。 タスク切換えのオーバーヘッドが大きいからです。
全員で集中してゴールを目指すのがアジャイルでは重要です(アジャイルじゃなくても重要です)。
それでは。
プロダクトマネジメント ―ビルドトラップを避け顧客に価値を届ける
- 著者/訳者:Melissa Perri、 吉羽 龍太郎
- 出版社:オライリージャパン
- 発売日:2020-10-26
- 単行本(ソフトカバー):224ページ
- ISBN-13:9784873119250
- ASIN:4873119251